人間のエゴでバケツに閉じ込められ捨てられた猫。私はその一匹だった。飼い主は最初は優しかったけれど、次第に怒鳴るようになり、やがて私と姉を狭いバケツに詰めてゴミのように捨てた。姉は先に力尽き、私はその意味を理解できず、ただ虚しさだけが心に残った。「もう人間なんて信用しない」と。けれど、数日後、私を見つけた人間が現れた。彼らは優しく声を掛け、震える私を保護してくれた。施設に連れて行かれ、栄養のあるご飯を差し出されても、私は食べる気にはなれなかった。「またどうせ捨てられるんだ…」と、人間の手に抵抗する気力さえ失っていた。しかし、新しい飼い主は私の頑なな心を急かすことなく、そっと寄り添い続けた。無理に触れることもなく、ただ温かい眼差しで見守ってくれた。その人の手が姉のように感じられ、心に小さな隙間ができた。そして気づけば、「ご飯を食べてみよう」と初めて心が動いたのだ。姉が守ってくれた命を、この優しい人が救ってくれた。この人がいなければ、私はきっと、ただ憎しみに囚われ続けていただろう。信頼できる愛の形を、ようやく再び見つけたのだ。